与那国島3
与那国の話の続きです。
ヒアリングの後と最終日の三日目も、少し与那国を見て回りました。まず、与那国で一番大きな集落である租納の近くに、切り立った岩からできた小高い場所があり、そこに登ってみました。
そこから見た租納の集落です。これで島最大の集落ですから、やはりこじんまりとしています。この小高い岩場に、異様な詩碑を見つけました。次の写真です。
紀元2603年との日付が書かれているこの詩碑。紀元とは皇紀のことで、初代天皇である神武天皇の即位を元年とする年代の数え方です。2603年は西暦で1943年。戦争の真っただ中にあたります。皇紀2600年には様々な行事が催されたようで、東京帝国大学法学部も、記念の論文集を出しています。その中の論文には、現在の目から見れば極めていかがわしいものも含まれていました。
この記念碑では、与那国は「南海の防壁」であり、「沈まざる25万トンの航空母艦」であると讃えられています。詩の作者は伊波南哲(いばなんてつ)という人で、石垣島出身の詩人・作家であったようです。詩を詠むのはともかく、いったい誰がこのような碑を作り、当時の島の人々はこれをどう考えていたのでしょうか。また、今の島の人々は、この碑のことをどう考えているのでしょうか。。。
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